砂漠 写真 【小池清通】

コロラド 写真家 エッセイ【小池 清通】 大自然
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 自然の中に生きる

Proghorn 自然が産んでくれた私たちの存在は、他の動植物のそれと同等であると思う。たまたま頭脳的に優れて進化してきただけかもしれない。二本足で歩くようになり道具を使うようになり他の生物ができないことをしてきた人類。文明という名称で表現される進化を通し、技術と呼ばれるツールを使い時間短縮や記憶蓄積から分析解明までも短期間でやってのける。

 自然は何故私たちを産んでくれたのだろう。エコシステムと呼ばれるものがあるが、その中で人類はどのような役割を果しているのだろう。存在は偶然によるものではなく、何かしらの理由または使命を持った必然的なものによると思う。生態系の中で人間がやってきたことは大地に傷をつけ形状を変えることによって自分たちの便宜を図り物流というシステムにより様々な土地に存在しているものが他の土地にも存在しえるようになっている。

 自然は何を伝えようとしているのだろう。 進化、進歩、発見、発達、発展、発明、文明改革、市民革命、産業革命、工業革命、技術革命、土地改革、行政改革、....。最初のうちは自然のシステムと協調して、他に存在する「仲間たち」を認識尊重していたと思うが、知恵がついたというギフトを活かすと同時に利用し始めて芽を出してしまったのが、環境破壊である。

 自然は常にバランスをとろうとしている。人間が、物質欲のみで動いた侵略。鉱物採掘などや「便利な」化学製品加工の副産物として垂れ流された汚水や汚物はその通り道に生きる動植物に影響を与える。「絶滅危機に瀕している」または「絶滅した」仲間たちに対しても自然は均衡を戻し保つべく動いている。

 自然の中に生きることは難しく、それでいて簡単なことではないだろうか。当たり前の生活という観念を再認識し、最低限必要なものの有り難さを考えてみると、現在の人類が持っていたり求めているものの多くが如何に無駄なものであるかが見えてくる。

写真芸術というものがある。そして写真人生。エッセイを通して語ってみたい。

 
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小池清通の自然美
The Great Mother Nature by Kiyomichi Koike
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