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2002年10月も末に入ろうとしている。ニュースではアフガン爆撃の話はほとんどされず、9-11(2001年の同時多発テロ事件)一周年以後は、ブッシュ大統領のイラクへの戦争開始の懸念で国内が不安な気持ちでいる。アメリカの株式市場は、ここ数日回復の兆しを見せてはいるが大企業の不正に対する国民や投資家の不信がまだまだ大きく、これといった改善的な波はみられていない。
イラクへの攻撃を合法化し、大統領自らの判断を正当化しようとホワイトハウスでは様々な動きが見られている。そんな10月の初めから中頃にかけて、ワシントンDC(District
of Columbia - ワシントン州と見分けるためにDCをつける)地域で容疑者不明の狙撃事件が続いている。高性能遠距離射撃ライフルが使用されており、人種、性別、年齢など関係のない一般人が銃弾に倒れている。10月19日現在まだ犯人は見つかっておらず、9‐11以上の精神的な不安を同地域の人たちに与えているという。
どうも話が飛びそうなので、前置きはこのくらいにしたい。
日本では拉致事件に関する話が大きく取り上げられ北朝鮮との、コミュニケーションが少なくとも以前とは格段の違いをもって開かれつつある。それと同時に北朝鮮が核を保有している、または、核爆弾を作る施設・材料を持っているというニュースが流れた。イラクへの戦争準備で忙しいブッシュ大統領は、それでも、無視するわけにはいかず、他国よりも真っ先に対応を迫られることになっているようである。
北朝鮮は「危険な国」であるから、核の保有は許されないという。確かに、北朝鮮は独裁者国家だと言われ、その大統領の誕生日に本人不参加にも関わらず国民が大根役者顔負けの大袈裟なそぶりで泣いて喜ぶ姿をテレビで見て違和感を感じたことがある。拉致された人たちの証言では、大統領を崇拝する呼び名で呼ばないだけで重悪政治犯として逮捕されると言った人もいる。それらを見聞きすると、異常な国のようには思える。以前はテポドンだったかという爆弾が日本に向けて打たれているし、漁船を装った不信船が日本海で何度も目撃されてもいるし銃撃事件もあった。
その北朝鮮に核の破棄を強要してきたのである。現在その北朝鮮側の対応は分からないが、私が書きたいのは北朝鮮の危険性に関してではなく、アメリカの強引な行動についてである。これで、やっと、本題に入れる。
他のエッセイ文でイラクの核弾頭保有に関するアメリカの対応の矛盾を話したが、北朝鮮に対しても同じことがいえると思う。経済的に無力に近い世界的な位置に現在いるとはいえ、我祖国日本が抗議したのなら納得がいっただろう。なぜなら、日本は世界で唯一原爆というとてつもない爆弾を落とされた国だからである。広島と長崎に落とされた原爆の影響で苦しむ被爆者はまだ多くおられるし、未だに核爆弾は三原則(非核三原則)を元に守り通し保有していない。実際には、沖縄米軍基地などに停泊しているアメリカ軍艦に1つや2つ内密に核弾頭が積まれている可能性はあると聞くが、真相は分からない。
誰でも知っての通り、2発の原爆を日本に落とした国がアメリカである。アメリカは、自国で戦争をしない国だから、原爆の恐怖を自国内では経験したことがなく、落とした日本という国の状況をみてその恐ろしさを知っていると思っている国である。確かにネバダ州で核実験が行われた頃、爆発後の影響力に関する資料が今ほどなく放射線による影響が人体にどのような影響を与えるかは知られていなかったから、当時の西部劇俳優たちはロケ地で被爆してのちに癌で亡くなっている例が多いような気もする。また、そんな爆弾を人体実験という意味も含めて弱小黄色人種国と見られていた日本に落として様子を見たという話もないわけではない。そんな経緯からも、アメリカに北朝鮮から核を取り除きなさいといえるのだろうか。
イラクへの武器排除の強要と同様に、北朝鮮にとろうとしている態度は、アメリカの本性を表してはいる。反面、同国の主要宗教が教える助け合いや許し合うことは微塵たりともみられてはいない。ポケット一杯に甘くておいしいりんごを詰め込んで、ひとつかじりながら「おい、お前。りんごを食べちゃいかんぞ。あるもの全部出せ。」と言っているかのようである。悪戯坊主の恐喝かい?
海を隔てて隣にある日本の政府は、一言ぐらい言ったらいいと思うが、ワールドシリーズも始まったし、衛星中継を楽しんでいるだけなのであろうか。アメリカには心温かい平和主義者も多くいるし、人助け、助け合いから社会を支えようとボランティアに生涯をささげる人も多い。世界が混乱と不安の中に陥る前に、アメリカの動きを止めるだけの勇気を持った国が現われることを祈りたい。
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