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なかなか重い腰を上げることが出来なかったが、健康維持のために友人が通っていたヘルスクラブのメンバーになった。某アスレチッククラブの中で、家に一番近いところにあったものである。時間をみては足を運び、自転車漕ぎの装置に跨って30分くらい汗をかき、その後ウエイトトレーニングで上半身を動かす。汗をかいた後はジャクジに入ってから、家に戻るというものである。
会社は6時までであるから、閉店後すぐにでれたとしても7時頃からのトレーニングとなる。食事を済ませて休んでから行くとなると9時前になってしまうから、かなり普通の人のトレーニング時間より遅くなってしまうが、私の生活パターンからすると致し方ない。それでも、時間帯が遅いから人の数が少なく機材を待つことも隣りに人がひしめき合ってペダルを漕ぐこともまい。ましては、露出狂がむちむち肌を出して歩き回る光景をみることさえないから幸いなのかもしれない。
汗を流すということは気持ちがいい。体を動かすから肺の活動率も良くなり、また心臓も強化されるから新陳代謝もよくなる。現役の頃のようなトレーニングはできないが、年相応の体力トレーニングにはなる。気持ちがいいものである。知らないうちに衰えている体力の実態に驚きながらも気力は充実していた。
そんな風にしてトレーニングを始め、体の動きがよくなって楽しみが出てきた時に、会社のMさんと話をしていた。「いやあ、体を動かすと気持ちがいいねえ。ヘルスに通っているんだよ」この言葉を聞いた途端に彼女の顔つきが一変した。映画の特殊撮影で、普通の人間が突然大魔人に変わっていくかのように凄い形相になっていった。彼女の、今にも飛びついて噛みつきそうな凄い顔が私の目前でぐぐぐーんと大きくなって視野を埋め尽くしていった。
おそがい、いや、恐ろしいまでの目つきをして、まるで軽蔑するかのように私を見るMさんに、「どうしたの。何か変なこと言ったのかな」と、私は唇の震えを隠しながら言った。大きく息を吸って、下っ腹に気を落とすかのようにして彼女は言った。「小池さん、ヘルスって何だかごぞんじですか?」
「えっ?」と今度は私が困惑した。「ヘルスって、ヘルスクラブのことだよ。自主トレーニングしたり、プロのトレーナーについてもらったりする、あれ。」何を聞いてくるのかといった面持ちで私は、まだ凄い形相を残している彼女の顔を覗き込んだ。
顔つきを多少穏やかにしながらも、目つきは変えずに、「本当に知らないんですか。ヘルスのこと」と言ってきた。
ちんぷんかんぷんで私には何が起こっているのかさえ分からなかった。釣堀に行って投網をうった訳ではないが、釣堀に入っている魚そのものが私の知らない種類のものであるかのような雰囲気は感じられていた。何がいる釣堀に行ったと思っていたのであろう。
私が「ヘルス」を知らないことに確信を得たのか、いつもの穏やかな面持ちに苦笑いを含めた顔をしてMさんは、その意味を説明してくれた。そして、そっと私のことを思ってアドバイスをしてくれた。
「アスレチッククラブに行っていると言った方がいいですよ。」
日本を離れて久しく経つうちに訳の分からない意味の言葉が沢山発明されていたことに私は驚いた。不用意にこんな話をしたら、思わぬ誤解を撒き散らして日本を歩き回っていたことであろう。
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