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こんなタイトルから始まると、犯罪者の心理テストをしたり分析をしはじめるような響きがあるし、何とも暗い話題になるような序曲を醸し出すようであるが、そうではない。このようは心理状況を芽生えさせる水のようなものは誰にでも存在するものである。
長短や内容の違いはあれ、我々はそれぞれ素晴らしい人生を送っている。そして、その中で忘れられない屈辱や怒りを覚えたことが何回かはあるだろう。その原因や状況はともかく、そんな気持ちが高ぶったり極端に実生活の表面に隆起してくると復讐、仕返しなどをアクションをとってしてしまう人も出てくる。
「恨めしや〜」とお岩さんが柳の下から出てくるあれも、恨みをもった霊が浮かばれずに出てくるといった設定のものだと思う。ただし、お岩さんの場合は私が思うには、とても勝手なもので、彼女に恨みを植え付けた本人(誰だか知らないし粗筋も分らないが)以外の人にさえ「恨めしや〜」をやっているようである。無責任な恨みの拡散のような気もしないではないが、この手の話が流行った時代には、一つの娯楽の類の現在でいうストレス解消法のような役割を社会的に果たしていたのかもしれない。
話がそれてしまった。私が言おうとしていることは、この誰にでもある大きく根を張って葉を広げてしまう可能性のある感情が、人間のポテンシャルや可能性に足儀背をかましてしまうということである。筋力強化ギブスなどであれば、ぎりぎりとバネが延びで苦しみに耐えると筋力がつくかもしれないが、オズマの世界ではない。
私は、こんな人に会ったことがある。Aさんはある技術屋さんで、以前は大手の会社に勤めていたらしい。自分のやり方を信じ、またそれだけの実力を持っていたらしいが、組織の中では身勝手な人間だとみられ、協調性に欠けるということを散々に言われ、辞めるはめになったらしい。
その後彼は、自分を首にした会社を恨んだ。そして、復讐心に目覚め、同じ業界で一匹狼となり顧客を独自の営業方法で集め始めていた。自分を過信しているところもある方だが、根っからの悪者ではない。しかし、復讐心のあおりたてるエネルギーは、プラス思考の向上心のそれとは違う。前の会社の顧客を様々な手段を投じて奪い取るかのように取りあさっていった。そして、彼の顧客数は前の会社の人が嫌がらせや彼の悪い噂をするほどのものになっていった。
しかし、復讐に燃えていた彼はお客さんに対するサービスの内容より、ともかくお客さんをとることに重点を置いていたために、時の流れと共に様々な問題が顔を出してきた。そして、お客さんのいうことをうまく利用していたと思っていた彼に、今度は、よく踊ろされていたお客さんの方から細かいことに至るまで噛みついてきた。
彼の会社は売上の数字だけで見る限りの業績は悪くない。しかし、彼の顔色は年々悪くなっていくように思え、以前とは違った目つきになっていった。「恨めしや〜」と庭仕事をしている時に松の枝を折りながら上から舞い降りられないように、私は彼との交信を控えた。
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