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数年前に日本のある県の市議会委員という役職のTさんの通訳をさせて戴いたことがある。業務視察ということであったが、大変まめな方で渡米前にファックスや電話で確認を何度もして下さった。デンバー空港到着前に先に訪問をしていたミネアポリスから連絡が入り、「今日行きますんで宜しくお願いします。それと、僕は足が悪いのでご迷惑をおかけするかもしれません。」と言ってきた。デンバーではお役所を訪問して小さな会議を既に設定してあった。通訳として同行させて戴く私も必ず勉強をさせて戴ける機会を見つけられるのでお客さんの要望を満たすよう全力を尽くす。仕事とはそんなもので一生懸命やるとお客さんも喜んでくれ、知らないうちに経験が自分の血肉にもなってゆく。
空港で出迎え挨拶を済ませた後、駐車場まで移動して、当時乗っていたバンに案内した。右のドアを開けて案内すると彼は「よっこらしょ。」とタイミングを付けて右足に重心を移して跳ね上がろうとした。バンといっても大型バンであったため車高が高かった。
その時思わぬことが起こった。彼の左足が落ちてきたのである。足が悪いとは本人から伺っていたが義足を付けているとは全く知らなかったのである。思わず「申し訳ございません。」と彼を補助するように近寄ると、にっこりと笑って「いいんですよ。」と自分で左足を押さえながら車内に入った。
「アメリカはいいですね。こんな車にもちゃんとステップがついているんだから。」と彼は、否定的なことは一切言わずに身障者に対する社会の対応の違いを指摘するかのように言った。彼の言葉に思わず息を呑む思いをした私は、逆に日本の身障者に対する遅れを感じさせられた。
訪問は順調に進み、私も身障者社会と日本の立ち後れの現実を更に思い知らされた思いであった。
彼が言う。「日本はまだ身障者は人間でないような扱いをする人が多いですね。カタワとか奇形児などと肉体的な障害などを罵ったり差別することが公然としてい過ぎます。」「でも昔よりよくなってはいます。家族で障害を持った子供がいると外に出さなかったりする風潮は少しずつですがなくなりつつあり、社会的にも身障者に対する見かたが変わって来ています。ただ、アメリカのそれの比ではないのが残念です。」
いつだったか地元のロッキーマウンテンニュースという新聞の一部に大きく写真とともに日本のある男性の記事が載っていたことを思い出した。彼は生まれながらに障害を持ち歩くことが困難であった。衝撃的なことは、27才になるまで家の外にださせてもらえなかったということであった。近所にも彼の存在を隠し、兄弟にも学校などで彼の存在を一切公表しなかった。つまり、彼は日本国の戸籍には載っている日本国民でありながら家族と何人かの医者以外はその存在を知らなかったのである。
彼がアメリカのリポーターにこんなコメントをしたという。「日本は障害を持って生まれると人間として認められないところがある。私は27年生きてやっと社会の中に堂々と顔を出せるようになりました。私の使命は他の身障者の先頭に立てるように社会に私たちの存在を知らせることです。」
市の行政の中で身障者に対する予算を申請して可決させることがまだ難しいというTさんはアメリカの身障者社会を賛美していた。あちこちのレストランには市の法律で必ず作られている車椅子で登れる歩道、御手洗いなどが奇麗に整備されている。
Tさんと話をしているうちにアメリカのボランティア精神の話になった。彼は言う。「アメリカ人はボランティアという感覚に誇りを持っているんですね。宗教的な背景が強い国民性の一つだとは思いますが、どうして日本とこうも違うんでしょう。」
私は何のためらいもなく言った。「Tさん、それは偽善が多いからですよ。」「決して否定的なものではなく、アメリカ人は公然と偽善をすることによってビジネスを伸ばして行くところがあります。私からすれば日本のように公然の偽善を悪として、陰で賄賂を贈るよりも、アメリカのようにたとえ偽善であってもそれによって社会的に他の人と同等にステージに載れる身障者の方々が多くいることを望みます。」
Tさんはにっこりと笑って軽く頭を下げてくれた。「チャレンジとチャンス」でもふれているが、アメリカでは身障者のことをハンディーキャップとかハンディキャップト・ピープル(ハンディー/障害を持った人たち)という表現を以前使っていた。しかし現在ではフィジカリー・チャレンジド・ピープル(身体にチャレンジを持った人たち)と呼ぶようになっている。
現状の改善には時間がかかるがまず精神的な姿勢が前向きになっていることが素晴らしいと思う。ひょっとすると身体的には健康でも精神的にチャレンジを持っている人の方が多いのかもしれない。
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