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愛車に跨り、左前方に屈んで手を伸ばしチョークを引き、その少し前についている燃料コックをひねった。タンク中央より、少し手前にあるイグニッションをひねり、ニュートラル・ランプのグリーンの光がぽっと浮び上がっているのを確認してから、右手の親指に力を入れて、スターター・ボタンを押した。
1340ccのVツインを力強く動かす、スターターのほんの1、2秒の響きと震えの後に、二つの肺が呼吸をし始める。チョークを気持ちもどして、鼓動の落ち着きを待つ。エンジンオイルがヘッドに十分回り始めるとエンジン音が滑らかになってきた。
93年式のFLSTN(ノスタルジア)は、現在、ヘリテージ・スペシャルとして、人気を保つにいたるモデルの初期型で限定販売されたものであった。96年までの4年間を力一杯アピールしたキャラクターのあるスポークホイルの似合うバイクとして今もファンを持つ。そのブラックとホワイトのツートンに赤のアクセント・ラインが加わり、シートとサドル・バッグにインサートされた、ブラックとホワイトのカウハイドのワイルドさを強調する。各所に輝く、クローム部品も、このハーレーならではの雰囲気を醸し出す。
モデル形式名のSTの意味するソフテイル(日本ではソフトテイルと言うらしいが)のフレームは、エンジンの鼓動を、跨ったライダーに間違えなく伝えてくる。車体の下に隠された、2本のショック・アブソーバーが支えるスイング・アームは、リアのタイヤをしっかりとホールドしている。
エンジン音が活気を帯び始めたことを耳で確かめてから出発する。クラッチの食いつきもよく、トルクフルに私をのせた車体が歯切れのいい排気音を後ろにはじき出しながら動き出す。
インターステートは今日も混み合ってはいるが流れはいい。最近は急成長とやらの影響で、カリフォルニアから移ってくる人たちが多い。人口を吊り上げ、交通量を増やしていわゆる大都市化現象がここデンバー地域でも始まっていた。
徐々にトレンドとして明確になりつつある、大型企業化が進んで銀行ばかりでなく大手の会社なども合併や買収で忙しい時代である。そんな中でとうちゃんかあちゃんビジネスは、それでも頑張って生き残ろうとしている。
少し流して、腹の具合もよくなったのでハイウエイを下りてラーメンを売っている日本食店に入った。駐車場はお昼の時間ということでかなり混み合っていた。このお店には一時期よく通っていたと言えるほど頻繁に出入りしていたが、数年前から顔を出していない。
店の中は混み合っていて良い匂いがこもっていた。食欲をそそるその匂いをかいだ途端に条件反射が始まり、唾液がでてきた。お腹の音楽隊もお目覚めの様子で、突然元気よくグググーっと音を立てはじめていた。
お気に入りのラーメンを注文して、外の景色を見ていると、背後に慌ただしい気配が現れては消え、消えては現れていた。混んでいるお店なので最初は気にもしていなかったが、しばらくしてお店のおかみさんを含め何人かいるウエイトレスさんの中の一人が走り回っているのがその気配の原因だったことに気がついた。
走るほどの広さではない通路を、このお姉ちゃんは必死に走っていた。食事を手にしても小走りで、よく御汁をこぼさないものだと感心するような慌ただしさで動いていた。そんなに忙しいのかと錯覚を起こして見回したが、他のウエイトレスさんたちは走って仕事はしてわけではなかった。
もっと驚いたことに、観察を続けてみると走っていない人たちの方が、注文取りも速く給仕も速かった。外の景色を見て待っているよりも好奇心を刺激された思いで、「観察」を続けて楽しんだ。よくある「働いているように見える」お姉ちゃんは、マラソン選手のように走りながら合間をみて水を飲んではまた走っていた。顔つきは厳しく、笑みを浮かべても額の神経質そうなシワは消えることを知らなかった。
世の中には、実際の能率度とは反対に外見の動きだけで能率を上げているように見られる人もいる。ところが、外見が地味で動きに華やかさはないものの、確実にしかも迅速に仕事をこなす人も少なくない。
人間の心理として、目にみえるもののインパクトは大きい。諺にも「百聞は一見にしかず」とあるように、ビジネス社会の中でも外見の動きで業務態度などを判断してしまうのは大変に容易なことである。
陸上競技の長距離選手は、その長い走行距離に応じて走りに強弱をつけ、一緒に走る選手との駆け引きをする。それと同時に、その日の天候や道路コンディションを体調と比較・分析しながら、走りに流れを入れる。歩道にならんで応援・観戦をしてる人たちの様子を体で感じながら、レース運びを考える選手もいる。しかし、上手い具合に水を仕事の合間に飲んでいたかのように見えた「走るお姉ちゃん」の姿は、数日後に寄った時にはもうなくなっていた。
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