笑い話 【小池清通】

 
写真家【小池清通】
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 エッセイ(3): 稲荷弁当

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     エッセイ(3)
        稲荷弁当
        ザリガニ
        小池君
        漢字
        突然の訪問者
        ニューヨーク
        空港のトイレ
        御中
        精神治療医
        70マイルでチュッ
        テロ事件
        自殺
        リハビリ
        おとぼけ

 長年の間、パートナーとして公私共にお世話になっているH、Kの両氏がコロラドを訪れてくれた時のことである。オートバイ好きで仲間になり、人生の友となっているので、来るなと言っても来たがる仲である。そんな二人は久しぶりに私を訪問してくれているのに、外に出て、私の愛車に跨って小雪の降る中シートに登ったかと思ったら、なんともいかがわしい格好をし始めたのである。近所の人が覗いていたら何かと思われるであろう東洋人三人の不可解な行動は数分続いた。

 雪は積もることなくドライブウエイをぬらしていたが、バイクを跨いではおり、また跨ってはおりる二人のアクションの単調さが可愛くさえ思えてきた。本当に好きなんだなあ、彼らも、と私は微笑んでいた。

 彼らは予定の都合で各々違う日に帰国をしているのだが、帰途の飛行機の中で、なんと偶然にも同じような場面に遭遇していたのである。

 機内で、とても日本人には見えないそのヒスパニック系の顔つきを誇るH氏は、本物のヒスパニック系のフライトアテンダントにスペイン語で話しかけられ、「俺は日本人だ。」と半ば発狂寸前の状態で、自己防衛的な本能から必死に英語で言い返したらしい。その動揺する心臓の鼓動を少しでも和らげようと、熱弁を振るって乾いた喉に冷たい飲物を ? 動物の本能の強い彼は ? 運良く近くにいた他のアテンダントをみつけ、何のためらいもなくコーラ(英語ではコークという)を頼んだ。

 が、しばらくすると湯気をそのどんよりとした飛行機内の空気に漂わせ、中南米のラテンパワーを彷彿とさせるような味のある匂いが彼の臭覚を強く刺激した。その日本人とは思えない二重の目を重々しく開けた彼の目の前には、暖かいコーヒーが差し出された。

 一方、K氏はどう誉めてもアジアの闇商人といった面持ちの方だが、渡米し始めてからかなり熱心に英語の勉強をされている。テキストを覚える書面英語ではなく実用的な、耳から入り口からでるものである。日本の英語教育に欠けているものを、彼は自然とカバーしてきているのである。

 しかしながら、この彼も帰国途中の禁煙機内で、フライトの乗り継ぎ時に必死に吸い貯めしたタバコの後遺症がでたのか、やたらと喉が渇いた。そこで「見かけの良さそうな」女性アテンダントが通りかかったところをすかさず捕まえて、コーラ(これもコーク)を頼んだらしい。

 喉の渇きに耐えながら、あの一口目を飲み込んだ後の「アーッ」を想像しながら生唾さえ感じていた彼の前に、カップが差し出された。その湯気の漂う向こう側にソンブレロをかぶった中南米の親父が、口髭を和ませるように微笑みながら「ほーら、あんたもかい」とでも言いたげにコーヒーを出してきた。いや、そんな幻想をみた思いであった。

 お客さんの喜ぶ顔を見て満足感に浸って微笑む金髪のアテンダントから、彼は複雑な口元の緩みを隠すかのように、作り笑いを力一杯しながら震える手を堪えながらコーヒーを受け取った。

 日本人の英語発音には問題がよくある。外国語なのだから、日本では使い慣れてない発音があるのは当たり前。まず。LとRの発音。そしてVとFの発音。もうちょっと言うとTHの発音となってくる。細かい言語上の無声音云々までは触れないにしても、日本語では明確な発音がなく我々には発音し難いものである。

 私は、こんな同じようなハプニングを経験した二人の話を聞いて、こんな連中とつきあっている自分はとても情けない思いでいた。

 久しぶりに帰国したある日、郷里浜松の駅の変わり具合に驚きながら、私はキオスクの前にブースを構えている地元の弁当屋さんのお店に立ち寄り、手ごろな稲荷弁当を頼んだ。新幹線の出発時間が近づき、焦っていたので急いで支払いを渡して走った。消費税がつくとはいえ千二百円はちょっと高かった。稲荷弁当である。

 改札口でレールパスを見せて、ヤマハのピアノと鈴木のオートバイを展示してある角を左に折れ、上に駆け上がって東京行きのヒカリにのった。座席に座り、呼吸を整え、流れ始めた景色に目を移し、タイミングを見計らうかのように缶ジュースのふたをこじ開け、準備万端整って落ちついたところで「稲荷弁当」を開いた。

 コーラがコーヒーに化ける現象を嘲笑った私は、その復習工作にパートナーたちがまるで弁当屋と手を組んだのではないのでは、と思われるほどの錯覚と動揺の中、そのほかほかの飯の上に横たわるうなぎの蒲焼をまじまじと見下ろしていた。それはご存知、浜名湖名産うなぎ弁当であった。

 
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