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2001年9月11日早朝。私は通訳の仕事を戴きフォートコリンズに向かってインターステート25号線を北進していた。ジョン・デンバーの歌声が車内に満ち、寝起きの悪い私の脳細胞に少しずつ刺激を与えてくれていた。普段はCDで音楽を聴き、歌詞を口ずさみながら私流の発音練習をしているのだが、突然ラジオが聞きたくなりボタンを押した。地元のソフトミュージック系の局であったが、音楽はなくニュースの放送をしていた。
「ニューヨークのワールドトレードセンターに小型機が衝突した模様です」
何があったのか分からないまま聞き流していた。事故かな、でもなんでまた高層ビルに、などと軽く考えていた私は、その10数分後に「サウスタワーに2機目のジェット旅客機が衝突しました」というニュースのアナウンスを聞いた時点で、2つの事故は事故ではないという恐怖感を伴なった事実に感じていた。私は放送されるアナウンサーの言っていることをよく理解して聞いていたが、起こっていることが考えられるべきことではなかったために理解しかねていた。言っていることは分かっても、その内容が信じられなかったのである。
お客さんと待ち合わせのホテルには予定より早く到着し、ロビーの脇にある大型スクリーンのテレビに目がいった。ワールドトレードセンターが黒々と煙を上げて燃えている。そして、衝撃的は飛行機が衝突するシーンが何度も繰り返し放送されていた。何が起こっているのか分からないように放心状態でいた私の目の前で、更に大きな悲劇が起こった。ワールドトレードセンターが崩壊し始めたのである。しかも半時ほどのずれをもって両方とも。
9月18日。テロ事件から早いもので一週間が過ぎてしまいまった。丁度1週間目の、アタック(こういう表現をしている)があった時刻に全米が黙祷の時を持った。未だに嘘のような気がする特殊撮影の映画のシーンを見たような錯覚を拭い切れない人達が私を含めて多くいる。日本では同時多発テロ事件と名づけてこの事件を取り扱っていた。
アラブ、イスラム系のアメリカ滞在者またはアメリカ人に対する攻撃や迫害が各地で出てきている。事件後アリゾナ州でパキスタン人がアラブ人と間違えられて射殺される事件まで起きてしまった。私はアメリカに来て約20年になるが、第二次世界大戦の幕開けとなった真珠湾攻撃の後に、当時の在米日本人、日系アメリカ人たちがどのような状況下にあったのかを目の当たりに感じたのはこの時であった。ただ、一方私もアラブ・イスラム系の人をみると「そういう目」で見てしまうのも事実である。先入観は誰にでもあることであり、ただそれだけで行動的な迫害をすることは間違っているが、人間心理という観点でみれば責められないところもある。
アメリカ人の愛国心というものは少なくとも今の日本人にはないものである。強いて言えば幕末の日本のにはあったものだと思う。ウオールマートなどの大型スーパーでは、攻撃のあった次の日には国旗が売りきれになり、家の前にはずっと国旗が飾られ、庭には小型の国旗が立てられ、車にも国旗、国旗のデザインのTシャツを着る人があちこちにいる。この国の人達は、痛い目に遭えば遭うほど団結力を強める。今の日本にもっとも必要なことなのだがアメリカに習って、日本は経済復興をしてもらいたい。献血希望者が通常の数倍になり、数時間待って献血をすることに何の異議も唱えずに並ぶ人達の列。4,5時間も待って献血する国民達の行動力と支援心。すごい、の一言である。
現実的に今後どのような展開をするかは分からないが、アメリカ一国で宣戦布告をすることはないと思った。時を見計らって「連合軍」として戦争を始めると見られている。連合軍は民主主義を唱える反テロ軍となるから、日本にも参戦のプレッシャーがかかると思われる。ただ心配なのは、自衛隊が本当に国を守るための力を実戦で使えるのかどうかということである。
平和の有り難さを、このような事件が起こると痛切に感じる。
このテロ事件はショッキングなものであり、またあってはならないものである。亡くなった犠牲者の冥福を祈るとともに怪我をして入院中の人達の早期回復を願っている。テロリストに対する感情が高まる中、イスラム教とは何かという好奇心が出てきている。私は本来、宗教と言うものはその唱える神様の名前が違ってはいてもすべて同じものだと思っている。ただし、それを良い方向に信じる人とそうでない人がいるので、結果として動くものや結果が違ってきているのは確かである。私はイスラム教がどのような宗教か知らない(宗教は難しくてどれに対しても分からないのが事実だが)ので、その宗教そのものに起因するテロ行為に関して言及する(関連が本当にあるのなら)つもりはないが、歴史的にみたテロの活動家の多いアラブ、イスラム系諸国の歴史に関心がでている。
それは、日本が戦争中に犯した殺戮などに対して、戦後の世代の中国や韓国の人が激怒しながら話をしているようなプロパガンダに類するものだが、もっと歴史を深くした長いストーリーが、アメリカという大国との絡まりを強調して中東地域の人達のソフトな部分にあるということを知らなければいけないと思うのである。
無実の犠牲者を出した犯人は罰せられるべきだが、その行動をとらせた理由を知ることも大切だと思う。つまり彼らが何故アメリカをそこまで嫌うかということである。喧嘩と同様に理由がなければ、命をかけてテロをやるとは思わない。何か怨念ともいえる過去の事実が彼らをそうさせているのではないだろうか。しかも、今までのテロ事件は一人の感情的な行動ではなく、組織的な、計画的なものが多いからである。この文章は、誰が良い悪いをいおうとしているものではないので、誤解なく読んで戴きたい。ただこうも簡単に何千人もの無実の人たちの命を奪われてしまうと、何がそうさせているのかを知る「義務」もあるのではないかと思う。
エジプトのサダト大統領がなぜ暗殺されたのか。中東のイスラエルの意味と歴史、そしてその援助をしているアメリカに対する中東の方々の気持ち。ソビエトとアメリカが敵対している時に、アフガニスタンにソビエトが進駐しようとして紛争があったと思うが、その当時はアメリカのCIAあたりが武器を調達していたと聞きたことがある。また、現在の多くのテロリストはアメリカでトレーニングを受けた人が多いとも聞く。
ややこしくなって私の頭脳ではついていけないが、イスラム世界にキリスト世界の経済大国が資金援助をしたり武器の援助をしていたとすると、また、その大国が中東におけるイスラエル問題を理解しながらもユダヤ人支援としてイスラエルに援助をしていたとなるととても複雑な歴史と宗教などが雪だるまのように大きくなって、その中心が何であったのか、また何が集ってそこまで大きくなったのか分からなくなってしまうこともある。
最後に、アメリカは自国本土で戦争をしない。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、コソボ紛争など他の国の国土で行いその国の一般民の多くを犠牲にしている。そういう角度からアメリカをみると、多少ながらテロリストの復讐精神の根底にあるものは何かとかすかながら分かる気もする。だだし、これは彼らの精神文明に根付く恨みがどこに起因しているかを理解するものであり、今回のあのテロ事件を正当化しようとするものではない。
またショックが大きく、ビジネスとしても事件以来本業の旅行のキャンセルが続き、電話もほとんどなくなっている今なかなか余裕などという贅沢を持てないのが事実である。しかし、犠牲になった方々のことを思えば苦痛も生きている証拠。生きていれば何とかなる、いや、生きていれば何とかする。そういう気持ちを強く持って前向きに構えていないと、飛行機が突っ込んでこなくても風が吹いただけで倒れてしまうほどの動揺が体中を支配している。
世界という畑の中で、芽の出ているテロの一本の大雑草をひきぬいても、(政治的、宗教的な)湿気が加われば芽を出す種が畑のあちこちに散在している。テロ撲滅は、何故テロが存在するかを究明することからはじめるのが遠回りのようで近道ではないかと考えるのである。
そんなことを考えながら、小型国旗をかざしたり国旗ーシールをウインドウにつけて走る燃費の悪い大排気量V8エンジン搭載のアメリカ車を運転するアメリカ人たちは、その燃料であるガソリンを気にすることなく使っている。中東がガソリンを売ることによって得る利益の一分はテロリストに流れるという。本当にテロを撲滅させるには、そういうところまで欲や便宜を削ってでもして初めて愛国精神を行動に示すことになるのではないだろうか。
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