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月の梅雨の日本を訪れたのは19年ぶりであった。2001年の初夏である。ほんの4日ほどの滞在ではあったが、湿気にエネルギーを吸い取られたような気分でコロラドに戻ってきた。時差ぼけは日本に行く時よりも、戻ってきた時の方が私にはきつい。
しかし、そんなことを言っている暇もなく翌日はオフィスに出た後、午後から空港に向かいグループの出迎えの仕事を済ませ、その翌朝は5時起きで見送りがあった。午後の2時前後に襲う時差ぼけによる眠気のお迎えを払いのけながら三日目であった土曜日に山岳部のキーストンというリゾートに会議のために滞在しているお客さんの観光の補助に向かった。
お医者さんとその関係者のグループで16名の小グループであったが、出発直前に体調の悪さから3人がキャンセル。結局13名のお客さんを連れての観光であった。そんな彼らをバスに案内する時に、中にいる女性2人のうちの年配の方の顔つきが気になった。私の悪い癖である。直感であった。
あとで聞いたら、参加者の皆さんは前日に日本から着いたばかりだということで、時差ぼけのためかとも思ったが、気になる目つきをした人で、失礼ではあるが、医者にしてはちょっと危ない風であった。そして、どうも気になっていた。
ロッキー山脈国立公園へ向かう途中に牛の放牧地域があり、肉牛の飼育に関して興味を持っている方がいたので、人体には影響はないが成長ホルモンや抗生物質を投与しているという事実、また一方小規模ではあるが、それらを一切使わないオーガニック牛を飼育している農場もあることなどを説明した。
時間的な制約から国立公園の展望地域を少しでも見てもらいたいと思っていたところに、その女性がどおしてもビジターセンターに寄って欲しいと申し出た。他の参加者に異論もなかったようなので、寄ることになった。午後のスケジュールのことを考えてお客さんに説明をした上で集合、出発時間を厳守してもらうように案内して解散した。
そして、集合時間がきた。皆揃って時間通りに出発をと思ったが一人いない。ギフトショップであの女性が紙袋を抱えているのを目撃した人が何人かいたが見当たらない。仕方なく、私とツアーリーダーの若い女性とギフトショップにもどり捜した。ところが、どこを捜しても見つからない。出発予定時間を15分も過ぎていた。困ったものだと私が樹木も生えていない標高3600メートルほどのところにあるビジターセンターの駐車場を見渡していると、リーダーが「見つかりました」と叫んでくださった。
行方不明の御仁は、買い物をした後に仮設トイレに入りこんでいたらしいのである。「もう出発するんでしょう?」と他人事に言う彼女の横を通りぬけて私はバスの運転手に、彼女が見つかったことを知らせた。そして、予定していたレストランに遅れを気にしながら向かった。
昼食はニューヨークステーキである。夕食用のものを小さめに切ってもらっていたので、一枚300グラム程度のものであった。それでも、日本の方には大きいらしく皆口を開けて差し出されるお皿に横たわる肉の塊を見下ろしていた。
覚悟を決めたかのようにナイフとフォークを持って肉を切り始め、口に運び始めたらもう大丈夫。皆それぞれ自分のペースでステーキを楽しみ始めていた。そんな食事の盛り上がりがピークに達した頃に、またあの女性が口を開いた。
「これにも抗生物質が入っているんでしょ」
何を言い始めたのかと皆顔を見合したが、本人は真剣である。
「ねえねえ、成長ホルモンも入っているんでしょ。」
せっかく盛り上がった食欲を剥ぎ取られたかのように、気持ち下を向いて呆れている人が半数以上はいたであろう。何かを気づいたのかどうか分からないが、彼女が話題を変えてこんなことを聞いてきた。
「国立公園まで何キロくらいあったの?」
「えっ?」と私は思わず彼女の顔を見ていた。何を突然言い出すのかということではなく、質問が完全でなかったから答えようがなかったこともある。
「どこから国立公園までの距離を知りたいのでしょう?皆さんのホテルからでしょうか、それとも、このレストランからでしょうか?」
丁寧に私は伺ったつもりであったが、彼女は憤慨するような素振りもなく、
「あっ、そうね。どこからか分からないと距離は分からないわね。」
と自分のみを納得させて会話を中断してしまい、残ってるステーキに集中力を注ぎ込んで黙々と食べ始めていた。
彼女の両脇に座っていた男性は、黙ってお皿の横に盛り上がっていたフライドポテトを口に運んでいた。
食事を無事に終え、ホテルに向かう途中にデンバー市内に博物館はないかという質問を戴いたので、デンバー自然・科学博物館の案内をさせて戴いた。ここはジオラマでは全米レベルで有名なところである。そのことを、他の展示物や催しなどの説明を加えて話し終わった頃に、この御仁が質問があると手を上げて私の顔を見つめていた。
「何か御質問でしょうか?」と伺うと、うきうきした子供のような目をしながら彼女は聞いてきた。
「ねえ、その博物館は何で有名なの?」
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