笑い話 【小池清通】

 
写真家【小池清通】
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 エッセイ(3): 突然の訪問者

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     エッセイ(3)
        稲荷弁当
        ザリガニ
        小池君
        漢字
        突然の訪問者
        ニューヨーク
        空港のトイレ
        御中
        精神治療医
        70マイルでチュッ
        テロ事件
        自殺
        リハビリ
        おとぼけ

 長いこと続いている日本の不況、政治不信、金融関係の汚職などの影響が、あたかも崖の上から落ちてくる滝の水のような勢いでまだまだ私の頭にも突き刺さるように勢い憑いている。どれだけの水量がこれから落ちてくるのか、また流されてきた木材や何かの残骸で頭を打たれるのではという不安も入り見混じりながら、崖の上の状況が全く分からないまま1999年に突入してしまった。

 誰の人生にもこんなコンディションは、形や度合いの違いはあれ、起こるものなのだろう。しかし、楽観主義者というよりは、ポジティブ(物事を肯定的に理解しようとする)人間になろうと思っている自分にとってはとてもいいチャレンジになる。何故なら、意味もなく起こるものはなく、何か起これば必ず何かしらの意味があると信じているからである。

 私は、無宗教家である。なになに家などというと、それだけで何かの専門「家」のような響きがあるが、偉そうに言えば自分の哲学を持っているからかも知れない。だからといって大した人間だとは毛頭思っていない。

 時々時間があり睡眠時間が十分取れている週末は近くの教会に顔を出すようにしている。宗派などに関してはよく分からないが、地元の日本人・日系人の方が多くメンバーとして奉仕されているキリスト教の教会である。聖書を家で読むということはないが、教会で牧師さんが日常の出来事などとうまく重複して話して下さる。過去10年以上もそうであるが、この説教を聞いていると必ず「メッセージ」が私の鼻っ柱を折るのではないかというような勢いで飛んでくる。凄いときは、一度に二つも三つも飛んでくる。これは仏教のお寺でおっ様(浜松ではお坊さんをこう呼ぶ)から話をしてもらうと同様な現象が起こる。

 話が戻るようでいて飛んでしまうようにも思えるが、私は外食が大好きである。食べることが人生の生きがいであると言っても過言ではないと思うほど楽しむ。人生一度である。食べなければ力もでない。ところが、1998年という年は日本の多くの方々もそうであったようにかなりのチャレンジを強いられた年であった。旅行業という職を営ませて戴き会社も11年を迎えてこんな状態になろうとは予期もしていなかった。

 ブッシュ前大統領が在任中に湾岸戦争が勃発させられた。当時オレゴン州ポートランドから名古屋への直行便を飛ばしはじめたデルタ航空の就航便に乗って私は長男と帰国した時のことを思い出す。テロリストへの懸念からか乗客よりも添乗員の方が多いのではないかと思えるような混み具合であった。平和産業と呼ばれる旅行業界は大きなダメージを受けた。しかし、98年はその比ではなかった。

 カリフォルニア州に住むある日系人女性が突然私のオフィスを訪問して下さった。ご本人のおっしゃる年は高齢であったが、どう見ても実際のお年よりも15歳くらいは若く見えた。目つきが鋭く、それでいて何ともいえない優しさと思慮深さを醸し出す輝きをしていた。恐らく私も同様なことをしていた気もするが、最初はじーっと私を見据えながら話をされた。

 終戦から50数年の間、あるアメリカのある日系コミュニティーの中で世話役をされてきた方である。英語が不自由な人の言語的な補助をしたり、経済的に苦しむ人の借金の補助をしたり、催し物があると寄付をしたりして人のために尽くしてきたような人であった。あまりに話に花が咲き、気が付いてみると1時間以上も後から後から溢れる話題に酔いしれていた。そんな話の中には、悲しいものも多くあった。

 彼女は未亡人である。夫は会社の基礎を作ってこれからという時に病気になり長年の闘病の後他界している。彼女は夫の意志を継いで会社を切り巻きしながら4人の子供を育てた。そんな彼女が夫の代わりに商取引の場に登場し、会社の責任を背負って走り出した時にこんなことがあったそうである。卸し場に行って仕入れ商品と値段の交渉を済ませ、支払いを済ませて他の商談が終わるまでの間商品を保管するように頼んでは歩き回っていた。予定していたものが完了して商品をトラックに積み込もうとすると、荷物がない。店のマネージャーに聞くと他の日本人が来て持っていったという。アメリカの市場のこの担当者からすれば東洋人が来たから同じ会社の人間だと思ったらしい。

 彼女は一人で来ていたから、他の人間が持っていったのなら泥棒だ、と思いつつその犯人を捜した。駐車場に出てみると、犯人と思われる男が彼女の買い取った商品を車に積み込んで立ち去るところであった。その男というのが同じ日系社会の中の同業者だったらしいが、こんなことが時々あったという。彼女が女だということで馬鹿にしていたらしい。嫌がらせが続いた。

 気の強い彼女はそんなことにも負けずに毎日せっせと市場にでては仕入れをして5軒のお店をきりまいた。そして経済的にも恵まれながら会社を売却して隠居したという。

 彼女が何気なく私に言ってくれた。「そりゃあ、嫌がらせをされた時は腹が立ちましたよ。でも悲しくはなることは一度もなかったわ。あの人が意地悪をすればするほど私にやる気をださせてくれたんでね。」彼女の目は満足気だった。

 そして、付け足すようにしてこう言った。「人に意地悪をして生きたって何にもならないわよ。その人はお金は貯めたみたいだけど老後をまともにおくっておれないらしいわ。何でも奥さんと娘さんが病気にかかって、今では一生かけて人を騙しては稼いだお金は全部そっちに流れているとか。」「お金は正直に働いて溜めないとすぐ流れていってしまうものなのかもねえ。」自分に嫌がらせをした人とは言え哀れみを感じてか、彼女は気持ちうつむいていた。人生とは何なのだろうかと。

 

 
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