実話 【小池清通】

 
写真家【小池清通】
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 エッセイ(3): 精神治療医

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     エッセイ(3)
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 アメリカではサイコ・セロピスト(Psycho Therapist)と呼ばれる医者でもないような治療医が多い。直訳で正しいかどうかは分からないが、「精神治療医」と訳して使わせて戴く。

 ある時、その職業についている人と会った。というよりも後からその職業についていることを知ったと言った方が正しい。彼から何やら重々しい肩書きの名詞を出され、その表面に印刷されている何かの肩書きを略した頭文字が何を意味するのかさえ気にせずに受け取った。少なくとも彼は、医学博士ではなかった。

 昔、鞭打ち症の治療の一環としてマッサージを暫く受けていたことがある。もともと凝り性なので肩は石のようになっているのだが、ある時通いつけのマッサージ師が開業を理由に引っ越していった為、他のクリニックに通うことになった。

 背の高い男性のマッサージ師は、初対面から、「力があるから痛かったら言ってください。」と誇らしげに胸をはっていた。私は、俗に言う筋肉マッサージに慣れており、また結構力を入れたものを好むというか、力を入れてかかってもらわないと効かないので、極端なものでなければ耐えることができた。彼は私が痛がらないのに変な感情を出したのか、まるで敵対心を持ったかのようにいろいろな質問をしはじめた。

 催眠術や暗示の類は、理屈っぽい私にはあまり効力がないのだが、彼が面白いことをしはじめた。むさくさしていることを口に出して叫んでみろというのである。それによって精神的なストレスを発散させて爽快な気持ちになるというものらしかった。

 何を馬鹿なことを言いはじめたのかと思った。マッサージをしてもらいに来ている人間が叫んでどうなるんだ。しかし、私の悪い好奇心が、長い眠りから覚めたミイラ男のように辺りのものを珍しく感じているような感覚で、こみ上げてきた。ひょっとしたら、からかい半分でそんなことを言っているのかもしれないという疑問を持ちながらも、私は叫んでみた。「だー!」昔のプロレスラーを思い出す。

 声を張り上げたが、彼の採点値には届かなかったらしく、「もう一度、大きな声で。」とはっぱをかけられた。

 なにくそと思って大声で叫ぶと、横で誇らしげに笑みを浮かべるマッサージ師が、「どうです、すっきりしたでしょう。」という。私は、何をこの人は言おうとしているのだろうと不思議に思った。何故か、すがすがしさよりも馬鹿らしさで呆れていた私に彼は何かを言おうとしていたが、私はそれ以来そこへは行かなくなった。
ところが、この手の精神治療医というのがアメリカには多いらしい。人が不幸にあったりして精神的に落ち込んでいたり、ノイローゼになっているところに飛びつくような商売らしい。ある意味では、交通事故があると走り寄る弁護士に似ているようである。私の会った精神治療医は、景気が悪くなると仕事が増えて手が回らなくなると言っていた。お金を払って慰めてもらったり、暗示のようなことをさせられたり、この自信過剰の治療医に好き勝手なことを断言されてしまったら、その直面している問題よりも大きな問題がのしかかっているのではないかという恐怖さえ感じた。

 何かの調査で聞いたことがあるが、アメリカでも多い結婚詐欺というのは、特に女性の精神的な落ち込みを目ざとく見つけて歩み寄り財産を狙うという手口が、こんな精神治療をかじった自信過剰風の男がよくやるらしい。人の弱みに付け込むというのは卑怯なことである。

 人を助けるというのはそんなに簡単なことではないと思う。そして、一瞬にして回復させるなどという魔術が効くには、人間の精神構造は複雑過ぎる。たまたま知り合った男とマッサージをしながら叫びを強要する男から、思わぬ展開へも導かれる可能性を持った人間の心理とその誘導剤のようなものを感じた。中にはいい精神治療医もいるのであろうが、私はそんな幸運の扉をまだ開けたことがない。

 
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