| 数年前に仕事の関係で大きなグループの世話をさせて頂いた。実際の手配を前にして、ある大手商社のインハウス(会社内にオフィスを構え、大手商社専門に手配を受け持つことによって運営される会社で、他の会社のように営業などをして仕事獲得にこびへつらう必要がない)であったN社に出向いた時に、私は初めて担当者のSさんに会った。
Sさんは入ってきた私を睨むようにしながら出迎えた。不自然な色黒な顔から邪気のついたような目がこちらを向いていた。同行の方と詳細に渡り仕事の打ち合わせをしてSさんの確認をとり、手配準備の確認を終えた後、仕事を頂けるお礼を申し上げ彼の元を去った。
インハウスの仕事をやっている会社の人には、通常の会社の人と違った驕りがある場合がみられる。それは、黙っていても仕事が上(本会社)から流れてくるからそれをプロセスすればよく、外注するにも自分はその仕事を失う可能性は全くないから強気で何社かをかき混ぜながら扱っても痛くも痒くもないからである。Sさんは、そんな職場環境の中で「特権」に慣れ溺れて数十年過ごしてきているかのようであった。彼の顔色はそんな仕事における「性格」が染まって憑いているようにも思えた。
実際のグループは無事に到着し、予定されていたサービスは全て完了したが、グループの滞在中に不思議なことが起こった。それは、Sさんの個人的なご機嫌を私がとり続けなかったのが理由だったのか、果たして、彼自身が何かを抱えていたためだったのか。私はグループへの対応に全神経を集中していたが、偶然というか重要度のあるものを優先した結果、思わぬことが起こっていた。一つには彼が電話連絡をしてきた時に私が不在で伝言を残していたらしいが、その幾つかが私に瞬時に伝わらなかったこと。一つには他の仕事の関係の方のフォローをしている際に、ホテルに連絡を入れたところ、ロビー近くにいたのをホテルスタッフが見つけて、たまたま同じホテルにおられたSさんに声をかけたことなどがあった。
前述のようにサービスは完璧に近い状態で終了したが、Sさんは不機嫌であった。ロビーに駆けつけた私を捕まえて罵倒し始めた。何故すぐに電話をよこさないのかと。そして、他の人の都合で自分をホテルスタッフが軽率に利用しようとしたことなどに関して吠えた。不本意であり意図のない「偶然」の出来事に腹を立てているSさんのどす黒い肌から浮き出すように白く光る目の中の瞳は、決死の怒りを親の敵に投げつけるようにぎらぎらと私を睨みつけていた。私は、説明しても無駄だと察し頭を深く下げたが、私より背の低い彼の気に入るところまで下がっていなかったらしい。それが、また彼の「怒り」に火をつけたらしく、またしばらく何かを吐き出すように言っていたのを覚えている。
数ヵ月後に彼の仕事を担当している私と親しい人と話をした。Sさんは相変わらずインハウスの仕事をして、営業に来る人たちに威張り散らしているんだろうと思っていた。ところが、担当者は、こういった。「Sさん?彼ねえ、あの後に会社を辞めたみたいですよ。」「理由は分らないのですが、どうも個人的な何かみたいでね。」
Sさんの顔色の悪い表情が目に浮かんできた。ぎらぎらと人の荒を捜して攻撃するような瞳が、肌の色と極端すぎるほどのコントラストをつけて光る白目の中心に見える。好きに人を顎で使い罵り、仕事がうまく行っても自分が気に食わないからといって子どものように文句を言っても保障されたポジションにいたSさんが、何故急に退社したのかは本人のみぞ知る謎となった。
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