| 2007年2月に開催されたイタリアのトリノ冬季オリンピックは、アメリカで見ていたからNBCの独占放送によるアメリカ選手主体のものばかりであった。日本選手が滅多に映されない放送の中で、唯一最初から最後まで見せてくれたのが女子フィギャースケートであった。
米国代表で優勝候補として騒がれていたシャッシャ・コーヘン選手への期待があったのは確かだが、日本選手たちが健闘をしてくれたお陰でショートプログラムから彼女たちの演技を、アメリカサイドからのコメントを聞きながら見ることができた。
結果として荒川選手が金を獲得し、日本人で初めての女子フィギャースケートにおけるオリンピックの金という歴史を作ってくれた。スケート場の現状や彼女の幼少の頃からの喜怒哀楽、そして周りの支援者たちの気持ちや努力が結晶となってくれた感動あったことと思うが、私にはTVから流れる映像だけで涙がでるものがあったほどに感動し、嬉しかった。
3月に入ってから日本でNHKが放映した冬季オリンピックのビデオを見ることができた。アメリカでは放映されなかった競技や日本選手たちの活躍が録画されていた。女子カーリングはルールを知らない私も引きずり込んでくれた。そんな中で、気持ちが向いてしまったのはやはり女子フィギャースケートであった。何度見ても感動する演技と音楽は、スポーツの素晴らしさと芸術の感性をくすぐる力の凄さを痛感させられるものであったが、最後に滑ったイリナ・スルチェカヤ選手の採点が発表され、荒川選手の金獲得が決まった瞬間に放送の解説をする女性を押し切るかのように興奮したNHKのアナウンサーが叫んだ「アジア人として初めての快挙です。」
の言葉が頭に突き刺さってきた。
彼は「アジア人」という表現を使った。この名称は人種を表す言葉ではあるが、必ずしも国籍を表すものではない。2つほど前の1998年長野冬季オリンピックの女子フィギャースケートでは、クリスティー・ヤマグチ(Kristi
Yamaguchi)選手が金を獲得しているが、彼女は日本の血を持ちアメリカ国籍を持っているアメリカ代表選手で日系アメリカ人あった。当然のことであるが山口選手は人種的にはアジア人である。
アメリカではエスニックバックグランド(人種的背景)という項目が調査や検査などで聞かれることがあり、日本人の血を引いているものは「アジア人」にあてはまる。
このNHKアナウンサーが使ったこの表現は難しい。彼の表現を正当として通してしまうと恐ろしいことが起こる。
一つには、今年のトリノオリンピックのアイスダンスのペアで銀を獲得した女性選手の話がある。大会前に米国国籍を獲ることによって男性パートナーと組んで米国代表となっている。カナダ国籍だった彼女はたまたま白人であるが、国籍が変わったといって人種が変わることはない。彼女がもし初めての米国選手による銀メダル獲得だったとしたら、アメリカの放送局は「白人として最初の」という表現を使うだろうか、それとも急遽取得した「アメリカ人として最初の」という表現を使うだろうか。オリンピックに肌の色は関係ないのである。国を代表した選手が力や技を競うからオリンピックなのである。
二つ目にこのNHKアナウンサーの言葉の奥には、考えようによっては明確な現実があるように思える。それは日本における在日アジア人に対する差別心理を暴くほどに鋭いものである。在日の方には日本で生まれ日本語しか話せない(つまり日本国籍の日本生まれ日本育ちの日本人と同じ)が他国籍で他国パスポートを持っている方々がいるが、彼らの文化、精神的なものは日本にあると思う。国籍というのは人間が作った取り決めの記録上のものであり、確かに歴史的な背景から良し悪しや反感をもって後ろを向いて生きている人たちも存在するが、彼らの肌の色を物理的に変えることはできない。同時に、国籍が違っていても日本の空気を吸い文化に浸って育ってきた人たちの精神的な芯を変えることはできないと思う。だから、日本独特の文化というものは大昔に大陸から日本列島離れ生まれた時から培われた、その地で生まれ育ったものが心の幹として持ち続けるものであると思う。
話が飛ぶようだが、海外に移住した日本人たちの話がある。彼らは日本人としての誇りを常に持っている。家族を養い生きるために国籍を変えた人たちも少なくないが、彼らは国籍を変えた瞬間に日本人ではなくなるのであろうか。法的にはそうかもしれない。しかし、日本に非常事態が起こったら、国内にいる日本人よりも勇敢に日本のために戦うエネルギーと郷土に対する誇りを持っている人が多いことを忘れてはならない。だからこそ、「アジア人」などという表現で後先を考えずに発言するのはとても危険なことであり、誇りを持っている「日本人」に対する軽蔑でもあり、また外国籍であろうが日本の地に命を与えられ誇り高く生きる在日の方々を差別する根源的な事実になるように思えるのである。
国に対する誇りというものは心の底から自覚によって芽を出し、自覚によって成長するものである。その辺を慎重に考慮した上でこの種目における「日本人初の金メダル獲得」を祝ってもらいたい。
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