アメリカ実情 【小池清通】

 
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 エッセイ:  善意と虚栄                             4/2006

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     アメリカでは
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        副大統領の狩猟事故
        テロ防止対策の実態 (1)

 人の心理というものは複雑で単純である。どんな出来た人にでも欲はあるし、なければ向上心を煽れない時もあるだろう。それでも、人には誰にでも他者を助けようと思う気持ちが必ずある。

 善意とは何なんだろうと考えることがある。アメリカ社会に身を浸していると日本のそれとは違った精神社会構造というか心理的社会構造が見えてくる。簡単に言えば人の本音と建前なのだろう。その点においては例題が違っても日本のそれと比較してみることができるはずである。

 見栄の張り合いというのはどの社会にもあると思うが、アメリカで喩えれば芝生が一つのステイタスシンボルになっている場合がある。学校を出て社会に出る年頃の若者たちが自立した証として持とうとする自分の車のような一つの精神的な自信ステップというものとは少し違った、継続的に他との比較や他からのコメントを期待しながら維持し続ける義務感に似たものをもつ可能性も人によってはあるものである。褒められたい、羨ましがられたいというような心理であろう。

 芝生は大体どの家にでも植えられている。干ばつ地帯であろうがなかろうが、水を引いて街ができるから芝生もそれについてくる人間本意の付録のようなものである。あの世界的に有名なグランドキャニオンを削っているコロラド川から水を引いて出来た街には、フェニックスがある。サボテンが生える荒野に街が作られたのである。そんなところでも必ず芝生が植えられている。その芝生を如何にして隣のそれより緑に見せるかに人生を懸ける人も少なくない。経済国家といえば聞こえはいいが、物質主義国家の中には高収入を得ることによって、その使い方を自然に反したものや自分だけの満足に注ぐ人もいる。日本も経済成長期に「隣の車が小さく見えま〜す」などという車の宣伝があったような思い出がある。チョコレートの宣伝で「大きいことはいいことだ♪」などというのもあった。

 国はその大きさだけで真価を測ることができないように、物事は大きかろう良かろうとばかりにはならない。身体の大きな人が必ず優秀だとは限らず、また肥満の人が必ずしも不健康とは限らない。ただ、視覚的に入るものには説得力がある。

 善意というものは誰にでもあると思うと前述したが、こいつがまたシャイな奴でなかなか顔を出さない性格だということも事実かもしれない。しかし、それが登場すると普段挨拶もしなかった人たちが急に心を広げて話しかけるようになることもある。困った人がいると助けようとする気持ちが行動になる。普段無愛想な親父が突然腰を痛めて動けない人の家の除雪をしてくれる。近所の人と話もしない人が、強風のあるごみの日にとびちっているゴミを見つけて黙々と拾っている。かと思えば、シルバーシートに座って携帯メールに集中する女学生や携帯電話を大声でかけているご老人。

 人は誰でも不安定な精神状態の中からバランスをとろうとしているのであろうが、素直でないことが少なくない。それは、どんなに傷つけられてもバランスをとろうとする自然と似ているが、人間の場合は感情が余計なことをしている気がするのかもしれない。


 
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