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2002年は歴史に残る旱魃(かんばつ)気候がアメリカ中西部を襲った。その影響でコロラドでもかなりの数の山火事が起こり、山岳部に黒い傷跡を残した。オレンジ色の太陽は異様であり、きな臭い臭いやまだ葉の形を残したまま降ってくる針葉樹の葉を含んだ灰が車や家に積もった。
その中でも「Hayman Park Fire」と名づけられた山火事は、現職
Forest Ranger(森林管理局員)であるバートン女史が、別れたご主人から来た手紙を焼き放火したことが原因であった。その被害はコロラド史上最大のものとなり焼失面積は東京都の広さほどに及んだ。彼女は堂々たる風格で罪を認め、連邦政府による裁判を受け、州政府の裁判を待っている。テレビカメラに顔を隠すことさえせず胸を張って裁判所から出てきた彼女を見て落胆と怒りを覚えたのは火事で家やビジネスを失った人ばかりではなかった。
この山火事には、もう一つの悲劇があった。それはバートン女史が直接企てたものではなく、ハイマンパークでの巨大な山火事を消すべく他州からかけつけようとしたボランティア消防士たちのある一団に襲いかかったのである。彼らは勇敢なオレゴン州とアイダホ州のボランティア部隊の一部で、キャラバン(何台も連なって移動すること)となってコロラド州に向かっていた。同州ライフル市近辺の高速道路(I-70)を東進している一団の中の一台は、21歳のメイガン・ヘルムさんが運転するグループが乗っていた。高速走行中の不注意から彼女の運転する大型(15人乗り)バンは横転し、5人が尊い命を落とし5人が負傷した。
彼女に対し、当初は10に及び罪状を掲げられていた。しかし、Plea(弁解・口実)Agreement
というシステムにより、彼女は「不注意運転」という罪のみを認める至った。裁判所(事故のあったコロラド州)にはオレゴン、ワシントン、アイダホ州から彼女と同僚であった消防士15人、家族や友人たちが彼女をサポートするために集まっていた。その中には、亡くなった消防士の妹と負傷した消防士1人が含まれていた。しかし、亡くなった消防士の一人の母親だけは彼女を一生罵るような悲しみの文を読むために参列していた。
兄を亡くしたミーガン・ラマさんは口頭証言で「あの事故は彼女の責任ではない。」そして彼女を含む証言者たちは、事故にあった車を製造するフォード社に責任を押し付けてきたのである。ヘルムさんが運転していたモデルは、フォード社の
Econoline 350 15人乗り大型バンであった。
フォード社は同バンの安全性を主張すると同時に運転手の技能、運転の同バンに対する順応を促している。このコメントは正しいと私は思う。同社の肩を持つつもりではなく、また亡くなった方へのお悔やみの気持ちはあるが、私自身が仕事でこの型のバンをかなり頻繁に乗っているのである。重心が普通車より高くホイルベースが長い。最後部の座席は後車軸よりも後部に飛び出すシャーシにのっている。だから車両が曲がる時は、後部が飛び出すようにして振れる。当然ながら内輪・外輪差はかなり広い。また、人が乗ると車両全体における重心が更に高くなるというデザインの「車両」である。エンジンは7000cc前後のものが使われ馬力はないがトルクが太い。車高が高いから視界性はよく普通車よりも運転しやすい安全性もある。しかしながら、高速時の急ハンドルは、どのタイプの車でも同様だが考えるとぞっとする。
23時間運転し続けていたという。他にも運転出来る人が同乗していたと考える方が自然だから、この運転時間は私からすると現実的ではない。運転中にオレンジのアイスクリームのバーを食べていたという。それを落としたときに下を向いた可能性があると弁護士が証言している。その瞬間に車が横に振れ、それを修正しようと急ハンドルときったらしい。明らかに運転手の「過失」である。
理解できないのは、すでに全米に数千台は走っているであろう15人乗り大型バンそのものに事故の原因があるとして主張する感覚である。重心の高い車でも、路肩に乗り上げたり、急ハンドルを切らない限り横転することはまず考えられない。
ヘルムさんは200ドルの罰金と50時間の公共サービスの活動をすることで判決を言い渡された。
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