自然 【小池清通】

 
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 エッセイ: 自然の力

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 自然、それは大きい。当たり前のことをいって出足の一行を使ってしまうのも気持ちがいい。

 時間を見つけては山に上る(「登る」とした方が適切かもしれないが、登山という感覚が薄いからあえて私は「上る」と表現)習性というか習慣ができつつある私の夏は有意義である。それは、物理的な報酬によるものではなくメンタルなソフトな恩恵によるものである。

 人間というものは目に見えるものだけでなく目に見えないものの価値を理解できる知的動物だと思っている。それでも、やはり視覚的にインパクトがある物質的なものは、感触として手に持って感じることもできるから、強い説得力がある。炎天下を歩いていて虚ろな目をしながら、冷たいアイスクリームを想像してにやっと笑うよりも、目の前に氷の入った水を出してもらった方が有り難いものである。だから、そういう事実に対抗しようと思っているわけではない。また現実的に「物」だけに価値観を置く人がいるが、彼らを否定するつもりもない。人はそれぞれ違う価値観を持っており、その違いで人を否定してしまうと、それは同時に自分をも否定することになるからである。信条とか人生観の違いは素晴らしいものなのである、と理解した方がいい。

 話を本題に戻すが、ここで私が話したい「自然の力」というものは、「氷の入った水」ではない。それは、ある意味からいえば、砂漠で蜃気楼を見る心理状況。いや、そういうビジュアルなイメージを頭の中で描ける人間の能力が感じることのできる、そんな言葉では説明できないパワーだと思う。

 高い入学金を払い親の七光りで医者にならなくても、世界には患者に触ることなく病気を治療する人がいるという。私はまだ実際に会ったことがないが、そういう人の話を聞いたことがある。キリスト教で知られているイエス・キリストも、その類のパワーを持っていたのでは、という人もいる。地球のどこからそれを実演して苦しむ人を助けている人がいることだろうが、そのような力と自然が何かしらの関係を持っているのではないかという考えも含めて話したい。

 前置きがどんどんと長くなって、終いには私自身が何を書いていたか分からなくなるといけないから、無理やり体も一緒に倒すようにして舵を元に戻そう。コーナーで車が曲がるのと同じ様に体を倒すとさもうまく曲がるだろうという心理が働いている。前述のように私が山に上る時に必ず感じることがある。それは、山岳部に生えている樹木や野草たちの息吹であろうか。または山そのものが出すパワーでもあろうか。ひょっとすると地中から涌き出る力が、地表面のどこでも感じられているのであろうか。もっと大きく見れば、宇宙の力というものもあるらしい。宇宙というと天文学になりそうなので、単に空というが、空からも力が溢れ注がれているのだろうか。この空からの力に関しては、つい昨年辺りに知人のCさんから教えてもらったものである。

 自然の力というものは誰にでも平等であり、どこにでもあるのである。しかしながら、自然が少なくなってしまっている近代社会の中では見つけ難く、その力も弱いように思える。山岳部に入り、ハイキングやトレッキングを楽しむ小数の人たちしか入らないような山道を歩く。標高が高いからかなり息が切れ、また体力の消耗も激しいのだが、不思議と帰り道には体中にエネルギーが充満しているような気持ちになる。

 ある山帰りの午後にCさんと久しぶりに再会した。Cさんは霊気や自然と会話のできるような純粋な方で修行を積んでいる。あるローカルのブックストアーの中にあるコーヒーショップの椅子に腰を下ろし、話をしていた。その時の私は、肩の辺りから炎でも上がっているような感覚が強く、不思議な気持ちで、話に勢いがつく自分を押さえながらいたのである。その時、ふとCさんはにっこりと笑って、「手から凄いエネルギーがでていますね。」と言った。ひねくれて解釈すれば、高い標高まで行ってから下りてきた訳で、体が気圧の変化に順応しようと新陳代謝を活発にしているための感覚とも思えないではない。しかし、どうひねくれようと思っても困難さが生じるような、それは「エネルギー」とでもいわなければ納得できないようなものだったのである。

 実世界の現代人は、スターウオーズのジェダイのように手のひらで迫り寄る敵をなぎ倒す必要はないが、もっと自然が与えてくれる恩恵の大切さを持ってはどうかとしみじみと思っている。この自然の力をどう活かすか、それは一人一人の生き方によるであろうが、アロマ療法とかが流行る中、山岳部で臭覚をも刺激する野草や樹木の匂いは精神的な安らぎをも与えてくれているのかもしれない。


 
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