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マウンテンゴート(Mountain Goat)という動物がロッキーの山岳部に生息している。さっそく脱線させて戴くと、英語の授業と勘違いされるといけないが、「Mountain」というと「山」それでもって「Goat」というと「山羊」という意味であることはお分かりの方も多いと思う。ところがそれを直訳して漢字にすると「山山羊」になる。それを今度は英語に戻すと、なんと「Mountain
Mountain Sheep」に?そんなことはないが、面白い言葉の遊びになりそうである。それにしても辞書を作る人は偉いなあと思うのだが、その真っ白な毛皮を印象的に名前に盛り込み、また高山の岩場に生息していることから「シロイワヤギ」とされている。さすがである。ブラボーの声が聞こえてくる。また生息地であるロッキー山脈から「Rocky
Mountain Goat」とも呼ばれているが、コロラドに来てから私はこの呼び名は聞いたことがない。
デンバーから日帰りでのんびりと訪れることができる山で、標高だけでなく、かなり高い確率で彼らと遭遇できるのがマウントエバンス(14,265ft./約4280b)である。ここは北米一高い舗装道路が通っていることでも有名だが、ガードレールらしいものがほとんどついていない。さすがのアメリカ人もこの標高で、しかも落ちたら数100bは前転、側転もしくは後転をして大破することを何の躊躇もなく理解しているらしく、真剣に運転しているのだろう。事故があった話は私は聞いたことがない。
その頂上近辺でよくマウンテンゴートが道から見えるようなところに顔を出してくれる。
ある7月の暑い日に私は仕事に追われていた。あっという間に昼になり昼食を済ませた頃に、ふと山に行きたくなったのである。何故?こういう衝動はなかなか言葉で説明することが出来ない。「行きたいんだよぉ。」と両手を天に上げて、眉にしわを寄せて叫んだら真相はともあれ説得力があるであろう。いや、演技力があればの話だが。
午後の1時過ぎに家を後にしてハイウエイを飛ばした。どう考えても山に上る時間ではない。通常は午後から雷雨が来るのである。確かに雲はその大きさを膨らませ、あちこちで雨のカーテンが下りていた。エバーグリーンからエコーレイクに向かう。このワインディングロードは、路面が安定していないがバイクで走るのにはいいコースである。残念ながらバンを運転していた私は3足にギアを落としてコーナーはエンジンブレーキをうまく使って突っ込んで、トルクを聞かせてカーブの中間辺りから加速をしては一人楽しんでいた。
エコーレイクの脇を折れると数年前に出来た料金所がある。そこで入園料を払って久しぶりの道を走った。ここ数年山岳部にトレッキングにでていたためか、少なくとも車に乗って標高を上げているぶんには高山病らしき症状は感じなかったが、歩くと呼吸が重い。頂上では、辺りの山を見下ろす駐車場の脇にある公衆便所で用足しをした。息を切りながら用を足すというのも「爽快」である。
下りのヘアピンカーブの幾つめかの外円のところに駐車できるスペースがある。何気なくそこに車を停めて外にでてみた。大きく深呼吸をして景色に飲み込まれまいとしながらも、一人自然を満喫していた。ふと目の角に白く動くものがあった。周りは大きな岩が景色の主役を演じているかのように地表面を埋めている。その上の方から体格のいい雄らしいマウンテンゴートが下りてきたのである。私は思わず、吸い寄せられるように前の岩に足をのせた。
標高がまだ4200bくらいのところだからツンドラ気候の高山植物が岩の間に花を広げている。足で踏みにじったら回復するのに何十年もかかる可能性もあるから、石の上を跳ねるようにして無意識に前進する自分が不思議に思えた。そのマウンテンゴートは、何の躊躇をすることなくさらに下りてきて私の前方を横切ってもう少し下に下りたところで止まってこちらを振り向いた。野生動物には近づかないようにと気を使っていた私だが、今回は引き寄せられたと表現するのが適切であったような力を感じていたのは確かである。
適当な大岩に腰を下ろしてシャッターをおろしていた私は、「あっ」と思って左側に振り向いた。一頭に目を取られて気がつかなかったのだが、私の真横に他の二頭が逃げもせず座って草を食んでいたのである。こちらを見下ろすようにして、口を動かすことを止めようともせずに食べている。
そこから見下ろす谷の反対側の山には大きな雨雲がかかっている。光のコントラストが素晴らしい。太陽を背にして、ファインダーを覗く私には素晴らしい構図が出来あがっていた。そしてそんなタイミングを待っていてくれたように、さきほど目を取られたマウンテンゴートの脇に今年産まれたばかりの2頭の子供がどこからともなく現れてじゃれ始めたのである。
雨雲が大きな空のキャンバスの一部を埋め、ロッキーの山々にアクセントをつけている。その景観と大自然の中で生きるマウンテンゴートの姿に我を忘れて私はしばらくの間自然の一部となって時を忘れていた。
ふと先ほど脇にいた2頭を、今度は(私が彼らよりも下に移動していたため)見上げてみると、風に抜けかけの毛をそよがせながら、私に微笑んでいる顔が見えたのである。まるで、夢心地で何の抵抗も意識もなく自然に解け込んでしまっていた私を喜んでくれていたかのように。
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