自然環境 【小池清通】

 
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 エッセイ: 正直な自然

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 波乱万丈などとは表現できない、いびつな欲としがらみに縛られた近代社会。正直な人はわずかながらそんな中で生き延びているが、希少価値が出てきて、そのうち天然記念物になるのではないかという話があるかどうかは分からない。

 「正直」なものとは?私には、その代表的なものが、ひょっとしたら唯一のものが「自然」だと思っている。

 ご存知のように自然には喜怒哀楽がある。人間のみることができる感性の素晴らしさは、その喜怒哀楽を楽しむことを覚えたことである。自然の表情や変化を見て詩をうたったり、カメラを抱えて写真撮影をしたり、筆をもって写生をしたりする人間のすばらしい感覚のことである。このような感性は、我々が自然の中で生活してきた現在に至る過程で培ってきたすばらしいものだと思っている。

 しかし、物質社会が発展を続けていくに従って弊害もある。それは、自然の大らかさを人間が忘れてきているということである。

 宅地造成や道路建設のための地形の変貌は、自然が作ってきた自然の「流れ」を作っている「形」を変えてしまう。水の流れが変わり、風の流れが変わると、そのエリアの植物体系が変わってくる。長期的に見れば天候まで変わってしまうことは他のエッセイでも重々直接的間接的に述べている。植物は自然の感情を表現してくれる。

 そんな思いをしていたときに日本から送ってもらったビデオを見ていた。桜守の佐野藤右衛門16代目の話があった。桜の世話をしてきた人であるが、世話をしてるといわず子守りをしているようなものだと言う。彼の気持ちがよく分かる。桜は子守りをしてやれば、自分の力で成長していくのだと。人の通りやすいように、斜面に大きく根をはった樹齢200年以上の桜の古木の根元に土を盛ってしまったために、桜の咲かない枝が出てきた話があった。盛られて土に隠れた桜の幹から新しい根がでたのだが、カビに侵されてその影響が高いところにある枝に出ていたのである。

 自然の中に共存する樹木たち。水の質が変われば葉の色に出る。花の数が変わったり咲く時期が変わる。死に絶える枝もでるだろう。そんな風に自然は周りの変化に対して、正直に反応をして我々に教えてくれているのだと思うが、人間は何も見ていないかのように経済発展が一番であるかのように、経済のことだけを考えて町や市の発展をと宣伝しながら、ビジネスの発展だけを考えているかのようである。

 自然は正直である。人間が自然に深い爪を立てれば、徐々に景色が変わっていくばかりか、人間の精神的などこかに自然から得ているエネルギーの欠如がでてくると思うのである。それが、現代社会のソフトな、そして隠れた問題と思う人がいるだろうか?精神分化に大きな穴が開いてきていることに気づくのは、政治的または経済的に力を持っている人が、心理的または精神的な病に陥ってはじめて分かってもらえてからのことなのだろうか。

 それが私は怖い。朝になれば日が上る。異常干ばつの続くアメリカ中西部は水不足。異常な勢いで人工が一箇所に集中したのも原因であろうが、そんな中でも、「自分の金で払うんだ、何が悪い」と道に溢れるほどの水を芝生に撒く家が多い。山火事の数が減らない。自然が怒りを表しているかのようでもある。

 自然は正直である。次に与えてくれるチャンスは十分なものとなるかどうか。それでも自然は私たちにチャンスを与え続けてくれると私は信じている。

 
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