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ご存知のようにアメリカは牛を主食にしているかと思われるような肉食国家である。人類学的に言うと、などと大袈裟に言うつもりはないが、主要人種である白色アメリカ人は主にゲルマンとアングロサクソンを遺伝子的にみれば先祖としている。砕けて言えば肉食動物の末裔なのである。果たして、我々日本人はじめとする東洋人は、草食民族のそれにあたる。生活様式も、その食生活に準ずるところがあり、前者は狩猟民族とよばれ、後者は農耕民族と呼ばれる。動物は移動するから狩猟しなければいけなく、野菜は根を張って育つから農耕をして土を肥やす。
私は渡米して20年になるが、いくらステーキをレアで食べる変わった?日本人と呼ばれようとも、主食のようにレッドミートを食べることはできない。体は大きくても内臓は草食民族のそれであり、順応はしてはいるものの彼らの横に並んで走ることは、かなりの無理を自分の体に強いることをよく心得ている。
仕事の関係で、食肉関係の会社にもよく足を運ぶ。ちょうど2002年7月末にある食肉加工会社から出荷されたひき肉からイーコライ(E.
coli← NL Escherichiacoli)⇒ Escherichia, coliform bacillus
がでたのである。分かりやすく言えば「大腸菌」のことである。新聞やテレビで騒がれ、汚染されたまま出荷されたひき肉の量が100トン前後にまで及んでいたのである。そして残念ながら感染して入院する人もでた。
私が「食用肉牛たち」と題してペンを取ろうと思った理由は「0157」と品目番号のようにこの記事に記載された大腸菌登録番号や衛生上の問題を述べるためではないのである。それは、100トン前後の大量のひき肉が一定期間に出荷されていたという量的なものに感じるものがあったからである。
私は仕事柄牛の解体・パッキング工場を何度も視察補助で回ったことがあるから、針金を打ち込まれて天井から痙攣状態でぶら下がりラインにのって流されてくる肉牛たちを見ている。皮を剥がし、内臓を切り出して、一頭の牛がラインが進むに連れて小さな肉片になって、最終的にパッケージに入って箱に詰められて出荷されるプロセスをよく理解している。血は集められて粉末にされ肥料や豚の餌に混ぜられ、皮は塩につけられたたまれてレザー加工工場に出荷される。そして、骨は砕かれて犬などの餌に混ぜられるのである。
日本でいうすっぽんのように使わない箇所がほとんどないという活用価値の高い動物であるが、世間を騒がせたこの工場では、一日に6000頭から7000頭をプロセスしている。ということは、それだけの消費先があるのである。
10万頭収容可能なフィードロット(肥育場)を3つも持つこの会社は近年大手の肉会社に買収されて名前を変えていた。その肥育場の一つを訪れた8月初めのある日、8万頭入っているということを聞いた。パッキング工場のプロセスラインにのる前の最終肥育をされている牛たちである。
食用として飼育するシステム。現代社会では効率的に食料を生産し、手早い流通システムにのせて消費者に届けることが当たり前になってはいるが、この大規模なシステム的に動かされる生産ラインをみていると牛たちが哀れに思えるというよりも、人間が自然の一部をコントロールして自分たちの食料の調達方法を、牛たちを使って作り出しているように思え、疑問を感じられずにはいられなかったのである。
成長ホルモンや抗生物質を投与されて短期間に病気もなく、大きく成長する肉牛たちは、自分たちが前途を何も知らずに毎日与えられる餌を食べては太っていく。体調が崩れれば見回りのカウボーイたちが見つけて手を施してくれる。
彼らの姿をみていると、ふと近代社会の発展国の人間の姿がオーバーラップするように見えてきたのである。異常な肥満現象が進む先進国。物質や道具、技術の発達が進むにつれて人間が動かなくても用が済むようになる。それがはたして「便利」というものなのだろうか。
何をしなくてもコンピューターで調合されて出される出来立ての乾し草、トウモロコシなどを混ぜた餌。品種や納品日に合わせてビンと呼ばれる囲いの中に分けられて思い思いにくつろぐ肉牛たちを見ながら、人間も自由なようでいて実際は経済システムや利益追求の欲の超特急に乗り込んで、どこに行くかも分からないまま揺れる客席で弁当売りを待っているような気がしたのである。
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