干ばつ 【小池清通】

 
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 エッセイ: 干ばつ

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 「グローバル・ウオーミング現象」などという厳かな、それでいて外来語で何を言おうとしているのか分からないような響きのある言葉がよく聞かれるようになった。英語を自然に理解できる人には、自然に敏感だったら聞き耳を立てる響きがある。いわゆる「温暖化現象」が地球規模で進んでいると、数年も前から話されてきたことである。

 同時によく聞くようになった言葉(名前?)として、「エルニンニョ現象」や「ラニンニャ現象」というのがある。海洋の温度が異常に上がったり下がったりすることによって天候が変わるというものらしい。スペイン語らしい発音だが、「ニョ」や「ニャ」は日本人には可愛い響きにもとれる。前者の時は雨が例年より多いというが、大陸の気候となると余りにも面積が広いため、雨が多いという現象が全体で均等にとれていないのが現実である。

 ここ数年の間に、アメリカ大陸だけでなくヨーロッパ大陸やアジア諸国でも大洪水現象が起き、数多くの犠牲者をだしている。2002年夏はドイツ付近で大洪水があり、アメリカでもテキサスの一部でやはり異常な洪水が起こっている。その一方、例年を大幅に下回る積雪・降雨量で砂漠現象というか、旱魃に見舞われている地域もある。その例として、たまたま私がいるコロラド州が話の種になる。

 実際にその実態を知るには何を見ればいいのだろうか。もともと雨の少ない州で、年間の晴天日が300日以上もあるという天候には恵まれた土地であるが、夏には夕立が頻繁に訪れ涼を与えてくれるのである。しかし今年は異常である。確かに40度を超える猛暑はないが、雨がほとんど降らないため、まず農家が被害を蒙り始めた。野菜や穀物の栽培に灌漑施設を利用して川から水を引いて大型散水機(スプリンクラー)をもって大量の水を使う農家にとって水不足は深刻な問題である。またその農家の作るアルファルファ(干し草にする)やトウモロコシなどの家畜の餌にも影響がでてきたのである。自然に生えているはずの草たちもサバイバルモードに入って容易に葉を出せなくなってしまったのもアッパーカットになっていた。酪農農家は成長しきっていない家畜を手放さなければいけなくなり、農耕地では風に巻かれて埃が舞い散っている。

 アメリカは昨年から現在にかけてハイテックのバブルがはじけた状態で経済的にはおとなしい。日本のそれと似た醜さがあるが、大手企業上級管理職たちの汚職による企業不信、株価の大幅な暴落、失業率がアップし、好景気が突然不景気に変貌を遂げているのが今のアメリカなのである。そして、親父の敵を打とうとするかのようにイラク攻撃を合法化しようと血相を変えるブッシュ大統領。同時多発テロの根本的な原因を追求せずに復讐に燃え、不景気に喘ぐ国民の目を「宿敵」サダム・フセインに向けて政治家としての点数を上げようとしているお馬鹿さん。新内閣発足で国民に期待をかける方がまだ平和でいいと思うのであるが、話がそれるので本題に戻りたい。

 旱魃の影響で今年は黄葉が早く訪れたロッキーマウンテンに写真撮影と自然のエネルギーを分けてもらいに足を向けた。今年は秋の祭典が例年よりも1〜2週間早いそうである。針葉樹の深緑の森の中に群生し黄色に輝くアスペンの木たちが私を迎えてくれた。デンバーから西に約1時間ほど行くとディロン湖がある。ここは貯水用の人口湖であるが、デンバー地域の人々の貴重な飲み水を与えてくれる。ハイウエイ(I-70)から、ふとディロン湖に目を向けた私はその悲惨な容姿を見て車の底が抜け落ちたような錯覚を覚えたのである。

 背景に見える山々にはすでに雪が積もり始め、新たに雪雲がその頂上付近を覆って下に下りてこようとしていた。肌寒い風が山から吹き降ろされる。野草が根を張って「思わぬ生涯」を送っている湖の底だったところを数分歩く。泥の部分はひび割れて「旱魃」の凄さを訴えようとしている。振りかえると湖畔の水の位置であるべきところが遥か目線の上に浮かぶように見える。

 自然は美しく、正直である。そして、自然は厳しく、過酷な試練を人間に与えてくれる。そんな実感と脅威を体一杯に感じながら私は帰宅した。近所では昼間の暑い時間に芝生に水をやっている。節水の呼びかけや警告は初夏からでており、飲み水を優先する訴えは毎日のように聞いている。人の手間を省くために作られた自動スプリンクラーは、力強く、乾燥した空に向かって水を吹き上げ、芝生を水浸しにしていた。そして、溢れた水は道路脇に流れ小川を作って下に流れていく。

 物質文化、そして資本主義。自然があって自分たちがあるという感覚はまだまだメジャーではない。「お金を払ってるんだから」と胸を張っていう人たち。まだまだ我々は、人間の作った金銭社会の時限だけでまだ動いているようである。

 

 
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