|
2003年は、昨年までの干ばつ気候から突然脱したかのように思われる「例年並+α」の雪で始まり、雨も順調に降り続いている。喉元過ぎればなんとやらで、芝生に消費する水量を額にしわよせて見守っていたアメリカ人たちも「力一杯」水を撒き始めていたが3月18,19日に1メートルを超える積雪があったお蔭であり、また5月に入ってからの大雪の影響もあったのは確かである。
とはいえ、まだまだ貯水湖は安全なレベルまでは回復しておらず、時々訪れる夏恒例の
Thunder Storm が落としていく雨に期待がかかっている。前の週までは騒がしい空の状態だったが週末から週明けにかけては、突き刺さるような灼熱を感じる初夏の気候に変わり始めていたから、こんなひどいストームが通り抜けるとは誰も考えていなかった。
6月9日の月曜日の午後である。空が騒がしくなり始める気配を、地下室で仕事をする私は感じてはいたが、どの辺を通る雷雨なのか検討もつかなかった。なにせ地下から見上げる窓の上のスペースは限られており、庭の杉たちの枝が元気に伸びていたから空の色を見るのがやっとの状態であった。ラジオでは、デンバー首都圏のどこかで集中豪雨的な激しい雷雨を伴った雲が流れてきているという。交通渋滞や洪水状態に戸惑う人々を描写するアナウンサーの声が聞こえる。ふと見上げて空を見るが、うちのご近所は青空が見えて静かなものであった。
頼まれ物があって夕方5時半頃に郵便局に行くことになった。上に上がって車庫にでた。ドアを開けると風が出始め、雲が険しい表情で動き回っているのが見えた。車に乗ってバックし始めた途端にポトン、ポトンと雨が降ってきた。ご近所のカーブを曲がって最初のストップサインで一時停止した時には、バラバラと雨粒が落ちてきたのでワイパーをつけた。小学校の脇を抜け左に折れるとご近所の池を作っている小さなダム状のものがあるのだが、その上を走る道を進むと前方から雨のカーテンが風に煽られて私に向かってきた。一瞬にしてワイパーを「強」にしても間に合わない位の雨が降っていた。「ダム」のちょうど上を通りぬける時に周りが真っ白になったと思ったら、ドドーンという大きな音がした。車で移動中だったから振動は感じなかったがが、かなりの音だった。まるで真上から落雷があったような状況であった。
あっという間の通り雨だったのだろう。郵便局で用事を済まして出てきた時には雨も止み、雷雨も嘘のようなすがすがしい風が吹いていた。それでも、ストームの抜けた東をみると、恐らく先ほど通りぬけたあの「雨のカーテン」がみえる。まだまだパワーを保って騒いでいる様子であった。
帰宅をして夕食にした。窓を開けて雨上がりの空気を家にとり込んでいたのだが、表で圧縮ブレーキの音がした。大型車両である。うちの近所は主要道からはずれているから大型車両はまず入ってこない。好奇心に外を覗いた私は家の斜め前のジョンの家の前に大型消防車が停まっているのを目撃した。何事かと外にでると、彼の家の前のコットンツリーの大木の幹が裂け、飛び散っていた。
それは、ほんの少し前に落ちた落雷によるものであった。幹は2,3メートルくらいの高さから根元まで反面が裂け飛び散っていた。痛々しく立ちつくす巨木の幹を見上げると更に上に数本の焼け焦げたラインが入っている。落雷が最初に接触した地点が分かる。そこから下に走り、幹の反面をはぐようにして根元に食い込んでいた。私はまだ痛々しいこの木を見上げて何かを感じていた。裂けて幹から飛び出すようにしている樹皮を触るとまだ生暖かいという表現が適切と思えるような感覚があり、樹液が指をぬらしていた。私は、更に近寄って樹皮のはがれた横の幹の表面に左手を触れた。すると、ずずーんというような悲しいエネルギーが私の手を通して感情を刺激した。何の理屈もなく痛みに耐えているこの大木の感情を素直に受け入れていたのだろうか、涙が出てきた。言葉では表せない木の「感情」を感じた思いがした。私は、耐えられず一度帰宅したが、しばらくして再び戻り、もう一度その木に触れた。
今度は暖かいエネルギーを感じていた。その瞬間、ダメージがひどいから切り倒さなければいけないかなあと頭を抱えながら道路に飛び散った木の破片を片付けているジョンに向かって、自信を持っていった。「この木は大丈夫だよ。もうリカバリーを始めているから。」はがれた幹の皮。中にかすかに亀裂があるが深くはない。手に残る暖かい感触を楽しむかのように私は家に戻り、中に入る前に振り向いて、その大木が力強く立っている姿に微笑んだ。
|