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自分にとっての写真とは、他の人にとっての野球やら、釣りやら、工芸やら、様々な趣味や生涯を通したお付き合いに情熱や感動、躍動感や機動力を感じるものだと思っています。ただ、そんな気持ちが強くなり趣味レベルではなく自分の感性に挑戦するという気持ちが固まったのは、写真を始めた小学校の頃からのことではなくほんの数年の間のことでした。その時期がドラマチックにも、私に写真というものを教えてくれた父の晩年からという事実が自分にとっては印象的な気がしています。その時期的な確信を持ち、自分の見る世界を少しでも多くの人たちに見て頂きたいと考えるようになったのは父の死を境にした長くも短くも思えた時期にあったような気がしています。
ライフワークという言葉があります。簡単に言えそうでいて、なかなか簡単には言えない言葉かもしれません。私は、なぜか言葉で説明できない、まるで引き寄せられるようにして入れてもらい撮影を始めた砂丘にその言葉を当てはめることにしました。一生懸けて挑戦したい被写体(対象物)を「砂丘」という単調にも思える、しかしながら、エコシステムを顕著なほどに作り、微妙な自然のバランスの中で動植物が生息し、季節によって旅をする砂と、毎日異なった光と影で表情を見せる巨大なものに見つけたのです。写真活動の公式なサイトはで
http://www.usa-japan.com/nature
で、ご覧下さい。
古臭いと思われるかもしれませんが、私は昭和40年代にモノクロのネガ写真から写真というものを知り、ポジフィルムに入りました。近年はデジタル写真の発達が著しくその質もフィルム写真に劣らないと言われています。質感や色というもののレベルではなく、私はシャッターを押した瞬間にフィルムに光が当たって感光する儀式によってイメージを焼き付ける方法の方が、目でファインダーから見える画像が、まるでシャッターを押した瞬間に指を通して脳で出会うような感覚が強いのです。デジタルとフィルムは比較するものではなく、イメージを捕える人の感性に合った方を使うという点において、私はフィルムを尊重し感性を磨く道具として使わせて頂いています。
小池
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