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現実文化の違い
英語のという言語が話せるようになる秘訣の1つとして、その言葉が話されている国の文化を知ることを薦めます。単に映画や文学に馴染むことから始められる場合もありますが、日本の文化とは違った、またはかけ離れた風習からものの考え方(視野)や極端に言ってしまえば人生観や価値観などの違いにまでいたることによって分ることもあるかもしれません。
握手をして挨拶をするときに軽く手を出して触れるようにして握ることや目をじっと見ながらしっかりと握りることがどういう意味としてとられるのか。またどのような物腰で面と向かい挨拶をするのかなど文化的な背景によって「敬意」を示す言動においても違いが分ってくる時があります。日本的に言えば、頭を下げて会釈する時にどういう下げ方をするのかというソフトな部分が身体を動かすことによって表現される時のことを考えてみてください。握手をしたらきつく握られた。先にぐっと握られたので握り返せなかった。これは相手の手が物理的に大きくてもそうでなくても同様に対応しえる状況です。また女性が握手をする時はどうか、など状況によって握り方も変わるでしょうし対応も文化的な背景を持って表面にあわられるはずです。
違った面から話して見ましょう。文化人類学などという大袈裟なものに顔を突っ込んでいく勢いもあるかもしれませんが、前述のような言語の背景となる文化を作り出す人間の集まりの習性はどんな影響をつくり出し与えているのでしょう。具体的に言えば日本人は農耕民族の末裔であり、白色人種は狩猟民族の末裔であるという事実。前者は植物性の食物の摂取が多く、後者は動物性の食物の摂取が多い。それゆえに内臓器官機能におけるエネルギー分散値が異なり前者は穀物などの消化に適した長い腸を、後者は肉の消化に適した大きな胃を持つため足の長さや体格の違いがあるようです。
ではソフトな部分ではどうでしょう。狩猟民族の心理を考えてみてください。獲物を獲るために移動しながら生活します。大昔にヨーロッパでゲルマン民族の大移動があった事実。キリスト教というヨーロッパ主要宗教の布教の名目で繰り返された侵略と剥奪、そして植民地開発時代。その国民たちが話す言語の一つが英語になっているわけです。
握手をする時に表向きは「挨拶」であっても心理的(潜在的)には相手を見定める狩猟民族の本能的なものがあるのかもしれません。アメリカ人は最初の印象で相手を見下したり見上げたりすることもあります。握手は相手の目を見て堂々と相手方の手の方が大きくても握って上げてください。話をする時は相手の目をしっかりと見て、物怖じせずに話してみてください。日本的な対応で敬意を示しても、ひょっとすると弱い犬が尾を丸めて振っているようにしか理解されないとしたら困りますよね。アメリカ人は特に自分が常に正しいと思っている風潮があり、実際にはそのような態度を示さないと何もないといったところもあるのですが、そんな勢いで話をしてくると思えば、最初の対応で相手のその後の貴方への態度が決まることもあるんですよ。
またアメリカ人は女性に対する対応も違うことがあります。米国人女性はあまり料理をしたり細かいことをしませんから、日本人女性が日本ではあたりまえのことをしても感動することが多いようです。ファーストフードや外食産業が極度に発達していることをみれば分るでしょう。これも前に述べましたが狩猟民は移動しますから一箇所にとどまらないため家を守る女性もその土地で一生を終えようと考えなかったということがあるかもしれません。日本は女性は家を守るという意味において、「お家」を守ると言った方が分りやすいでしょう。先祖代々受け継がれた土地を守っている女性たちはしきたりというものを守って後に伝えようとします。文化的な違いが昔からの生活様式や生きるための必要性を背景にして出来上がってきているかを感じ取れると思います。
権利の主張。アメリカ人は顕著です。その主張が正しいかどうかということは別問題として考えないと馬鹿らしくなることがありますが、自分という個人の存在を守らなければ誰も助けてくれないという危機感を精神的に持っているのかもしれません。親は子供が成人すればほとんど別人として突き放す感覚もあります。自分たちの第二の人生を送るために自分たちの守りを固める人も少なくありません。子供たちはひとり立ちすると自分で生活しなければという危機感が幼い頃から培われた独立精神に支えられて浮かび上がり、それがある種の機動力になって働こうとします。文化の違いです。
文句があれば言わなければ誰も何もしてくれません。お客さんであっても、問題があって黙っていたら黙殺されたり気にもとめられません。文句をいう権利を施行しなければ満足していると理解されます。黙っていても何かあればやってくれることは余りありません。言ってもやってくれなければ頻繁にクレームを出さなければいけません。それが西欧文化にはあり日本的な至れり尽くせり文化では考えられないこともあるわけです。
英語を話し上達していくにあたり多くの外国人と会う機会があると思います。その時にこんなソフトな部分を頭の隅に入れておくと役に立つかもしれません。
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大袈裟なジェスチャー
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身体で表現しようとする
日本と違う表現の仕方は言葉(言語)を解き放つと同時に身体を動かすことかもしれません。手を大きく広げたり、独特のポーズをとって驚きを表現したりする様子は映画や劇などでは特に強調されますから注意してみるといいかもしれません。
自分が相手に同じような動作を入れて会話をすることを想定してください。相手は自分の慣れている目で見えるジェスチャーに親しみを持つはずです。
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感情表現
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我慢できなくなった時
我慢することをよしとする国民性、そして口数の少ないものをよしとする考えがあるとすると反対に感情を思いっきり外に出すことによってストレスを解消するのが一番だと思う国民性もあるのでしょう。いや、これは単に湧き上がる喜びや怒りを抑えきれずにばっと吹き出すように大声を上げているだけなのかもしれませんが、日本人のそんな時の表現とは比較もできないようなものを経験するかもしれません。心の準備をしっかりとしておいて下さい。 |
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家のプライバシー
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どこまでがプライベートか
アメリカの家庭に入ると殆んどが土足のままの生活です。寝室ではじめて靴をぬぐのは不自然ではありません。
アメリカの家庭を訪問するとよくオファーしてくれるのが家のツアーです。家の代表者が各々の部屋に案内してくれて「ここは居間です」「ここはマスターベッドルーム」「ここはシャワールーム」などと得意げにやってくれます。日本ではこの風習がありませんから、一体どこまでがプライベートなのかと考えてしまうかもしれません。これは自分の家を人に見せるお披露目なんです。そんな風にしてゲストを招待しパーティーをする楽しみに味をつけているのかもしれません。
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